明石市の概要
明石市は、南側は瀬戸内海(播磨灘)に面し、ほとんどの部分が神戸市と隣接しています。瀬戸内海とに面しており、明石海峡をはさんで淡路島を眼前に望むことができます。気候は温暖で、古くは万葉歌人の柿本人麿によって多くの歌が詠まれた風光明媚な街です。また、阪神都市圏と播磨臨海地域、淡路・四国とを結ぶ位置でもあり、海陸交通のうえで重要な拠点となっています。
明石市では、21世紀の幕開けと同時に「交流と共生」をテーマとした新しい街づくりがスタートしています。
明石のあゆみ
明石の街のあけぼのを知るには、遠く100万年近い大昔にさかのぼります。明石海岸の地層や海底からは、洪積世の前期頃まで生きていたとされる「明石象」や、旧石器時代の人類とみられる「明石原人」など、ほ乳類や豊富な植物の化石が多数発見されています。
原始から、古代・中世を経て近世へと明石の街は発展を遂げ、江戸時代には小笠原家10万石(後に松平家8万石)の城下町として栄えました。阪神と播磨との接点に位置するという恵まれた地理的条件を生かし、交通の要衝としての役割も果たしてきました。
明治22年(1889年)に町制を施行し、 明石城下町と大明石村・当津村・王子村・大蔵谷村の1町4ヶ村が合併して明石郡明石町となりました。そして、大正8年(1919年)に市制を施行し、全国で81番目、兵庫県下で4番目の市である明石市が誕生しました。当時の人口は約3万2千人でした。その後、昭和17年(1942年)に林崎村を、26年には2町1ヶ村(魚住村・大久保町・二見町)を合併して、現在の市域となりました。昭和35年(1960年)以降は、企業進出や、住宅開発に伴う阪神都市圏からの人口流入などを受け、住宅都市・産業都市として著しく成長しました。現在では30万人を越える中堅都市に発展しています。
明治43年(1910年)に日本で最初の子午線標識が明石市に設立され、子午線(東経135度)の街として定着しています。現在では、都市像に「人・輝き 夢・生まれ そして、ふれあい広がる新たな飛躍の舞台 海峡交流都市・明石」を掲げ、実現に向けて地域が一丸となって取り組みを進めています。
明石の名前の由来
明石の名前の由来は、昔狩人が射抜いた大ジカの血が赤石(あかいし)となり、東松江と西松江の間の浜から15〜16メートルほど沖の海中に沈みました。ここから「あかし」の地名が起こったといわれています。
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明石市立文化博物館 |
| 住所: |
〒673-0846
兵庫県明石市上ノ丸2丁目13-1 [地図を見る] |
| 電話番号: |
078-913-4588 |
| 開館時間: |
9:30〜17:00(入館は16:30まで) |
| 休館日: |
毎週月曜日、第3火曜日(国民の祝日又は休日の場合はその翌日)、12月27日〜1月4日 |
| 入館料: |
大人200円、大学・高校生150円、中学・小学生100円、高齢者(65歳以上/身分証明書持参)100円、障害者(障害者手帳・療育手帳など持参)100円
※団体割引あり無料 |
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